この記事は3部構成の1本目です。 1. 原点編:生まれ育った町とITとの出会い(本記事) 2. 修行編:社会人になってからの転職とキャリア形成 3. 現在編:再独立とAI時代、田舎育ちだからこそ伝えたいこと
はじめに
私は愛媛県内子町という町の出身です。
松山市から車で40分ほど南西に行った、中山間地域にある町です。江戸時代から明治にかけて木蝋(もくろう)と和紙の生産で栄え、今でも白壁の商家が立ち並ぶ町並みが残っています。四国遍路のお遍路さんが通る宿場町でもあり、観光地としては「ミシュランガイドで一つ星」がついたこともあるくらい、風情のある町です。
一方で、産業の中心は今も農林業です。傾斜地を活かしたぶどうや梨、柿などの果樹栽培が盛んで、いわゆる「IT」とはまったく縁のない土地でした。
実家も、まさにそんな土地柄を象徴するような仕事をしていました。祖父が創業した建材会社を営んでおり、家業は木材や資材を扱う、地に足のついた仕事です。パソコンよりも先に、木材や工具に囲まれて育ったといっても大げさではありません。日常の会話にITという単語が出てくることはまずなく、家業を継ぐにしても、そこにコンピューターが関わってくる余地は当時まったく想像できませんでした。
そんな町で、そんな家に生まれ育った私が、今はエンジニア・ITコンサルとして独立し、場所に縛られない働き方をしています。この記事では、その原点となった中学〜大学時代までを振り返ってみたいと思います。
きっかけはWindows95、中学生の"推し活"サイト
ITとの出会いは中学生の頃でした。親に買ってもらったパソコンがWindows95。当時は今のように「とりあえずスマホでSNS」という時代ではなく、パソコンでできることといえば、自分で調べて自分で組み立てるしかありませんでした。
きっかけは不純でした。好きな芸能人の写真を集めて、HTMLでホームページを作って公開する。ただそれだけのために、タグの書き方を独学で覚えました。<table>でレイアウトを組んで、画像を貼って、リンクを貼って。今思えば稚拙なものでしたが、「自分が書いたコードが、画面の向こうの誰かに見られる」という感覚を、あの頃に体で覚えたのだと思います。
田舎だからといって、情報そのものが手に入らなかったわけではありません。パソコンとネット環境さえあれば、都会も田舎も関係なく同じスタートラインに立てます。そのことを、当時は意識していませんでしたが、今振り返るとこれが最初の「気づき」だったのかもしれません。
高校・大学ではITから離れる
とはいえ、そこから一直線にエンジニアを目指したわけではありません。
高校は部活動中心の生活で、ITには一切触れませんでした。大学で上京し、情報系の学科に進んだものの、実際に熱を入れていたのはバンド活動。授業でプログラミングには触れていましたが、当時は「これを仕事にする」という強い実感はありませんでした。
振り返ると、ここで一度ITから距離を置いた時期があったことは、自分にとって重要だったと思っています。ずっと技術一本で来た人と違って、「なんとなく情報系学科にいた人間」がどうやってエンジニアとして生きていくことになったのか。次の記事では、その社会人としてのスタートと、そこからの転職遍歴を書いていきます。
次回、第2部「修行編」では、新卒でSIerに入社してから、ベンチャー・ITコンサルを経て独立するまでの、キャリアの転機について書きます。



